スノウボ−ディング(12/21/2009)

私の姪っ子が、しばらく英語の勉強で、モンタナ州に留学していたが、日本にもどる前に、コロラドに立ち寄った。私は、ひさしぶりで彼女にあえてとてもうれしかった。反面、どこにつれていったら楽しめるだろうかとか、何を食べさせたらいいんだろうなどと考えることもあった。

彼女は、モンタナ州の大学で勉強したかいがあって、英語もとても上手になり、また精神的にも、いろいろな面でも、成長してたのもしくなっていた。そのことがとてもうれしかった。彼女は、とても活動的なスピリットなので、スポーツとかがすきらしかった。知り合いの人が、スノウボ−ディングのことを話したら、彼女はよろこんでぜひ行きたいというので、山につれていって、スノウボ−ディングをすることにした。友人も含めて4人でいくことになった。

山についたら、とてもすばらしい景色で、そこにいるだけで、心も体もすっきりして癒される気がした。気温はとても低くて、寒さもきびしく、もってきたセーターやコートをすぐに着て、手袋もはめた。

私はスノウボ−ディングを一度もしたこともないので、自分はやすんで、瞑想でもして待つつもりだったが、レンタルのところにいったら、楽しいからぜひやったほうがいいと説得され、結局それにまけてやってみることにした。まずボードやブーツなどを、はめることから学ばねばならなかったが、なんとかそれも手伝ってもらったりして、できるようになった。

姪っ子も、案内してくれた知り合いの人も、経験豊富なので、高い急な山のところですべることにして、私と友人は(彼もはじめてだった)低いところで練習することになった。最初、動くロープにつかまって、高い丘の上までいき、すべりながら下におりてくるようにということで、その動くロープにつかまるようにとしたが、何度やっても、うまくできなくて、ころんでばかりだった。7歳ぐらいの小さな男の子が、”ぼくのやりかたを見てよ”といいながら、簡単にロープつかまり、丘の上までいって、スキーですべっておりきた。 それをみて、私もできる!と確信して、またロープにつかまるのだが、すぐにバランスがくずれて、ころぶのだった。

先に上にいって待ってくれていた友人がおりてきて、”ロープをやめて、歩いて上までいき、すべるようにしよう”というので、それに従うことにした。実際歩くほうが楽で早かった。上について、ボードを足につけてから、ねっころがり、くるっとひっくりかえって、腹ばいになってから、立ち上がることもおしえてもらって、できるようになった。実際たちあがっても、なかなかバランスがとれずに、すぐにころんでひっくりかえった。最初は、ころぶこともこわかったが、何度もたちあがり、またころんで、またたちあがり、また転ぶというふうに、繰り返すうちに、それが、なぜか楽しくなってきた。ころぶことも、平気になってきて、立ち上がるのも、もっと楽にできるようになった。すべるのも、2−3分できるようなると、自分に自信がでてきて、もっとやろうという気にもなった。

ころぶ時に、雪の上に思いっきりひっくり返るのだが、両手をひろげてそこにねたまま、空を見上げてその美しさにみとれたりした。 それが瞑想をしている時のように、平和な静かな気持ちになった。転ぶたびに、体にたまっていたストレスや、よけいなエネルギーもときはなたれて、すっきりとするのも感じた。スポーツをすることや、体を動かすことの大切さを、つくづく思った。自分のバランスを保つために、必要なことだと思った。

今回スノウボ−ディングにいって学んだことがたくさんある。

まず、普段自分ができそうもないと思っていることでも、また難しいだろうと思ってることでも、実際やってみると、練習しだいで、できるようになるということ。最初から、無理だとおもわないで、何でも挑戦してみることが大切。

失敗をおそれない。ころんでもまた立ち上がる。失敗しても、また立ち上がって前に進む。なんでも、やればやるほど上手になる。あきらめないこと。おきあがって成功するまで、やりとおすこと。

自分が好きなことに、情熱をかたむける。情熱をもてることを、人生でいつももっていることの大切さ。自分が好きなことをやっていると、自分がいきいきしてくる。生きていることが楽しくなる。

友達をもつことのすばらしさ。お互いをサポートすることと助け合うことのすばらしさ。だれかと共有できることのよろこび。 一人でスノウボ−ディングをしたり、ほかの楽しいことしたり、きれいな景色を眺めたりしたとしても、それを共有できる人がいなければ、喜びも半減してしまうだろう。人と人のつながりの大切さを思った。

今回スノウボ−ディングのみならず、いろいろと楽しい経験や学びの機会を与えてくれた姪っ子に感謝している。彼女は、今頃久しぶりの日本で家族とのんびりしたり、またボーイフレンドと楽しく過ごしていることだろう。

愛をこめて
ちわ