24。生かされていること(9/4/07)

最近、父のことがあってから、命というものを、今まで以上に考えるようになった。 自分が生きているということより、生かされているということを、感じるようになった。
果たして、今の自分は、生かされている目的を、果たしているだろうか。自分に問いかけると、うかうかしていられない気がする。 毎日を大切にして、もっと、世の中にためになるように、神に仕えることをするように、行動することが、大切であると思うようになった。

無論、命は永遠であり、真実として、死はありえないのだが、この物質界で、たとえば、東千和という名前で、この肉体を通して、一人の人間として、地上で経験している時は、限られているから(私はこの肉体ではなく、マインドでもない)、そのことを思うと、この一瞬一瞬すら、貴重な気がする。
かといって、大きなことをするという意味ではなく、ただ、自分が本来の自分として、愛と平和と光の存在として、生きられたら、それで一つの目標は、達成されると思う。また、感謝して生きることも、大切だろう。それだけで、よいエネルギーが、まわりに広がる。

先日読んだある本の中に、次のようなイエスキリストのメッセージがあった。
”今の自分に、この5分間で、だれかの人生に違いを作るために、何ができるだろうか、と自分に問いかけなさい。”という、メッセージだった。それで、この問いかけをよく思いだし、たとえば、店にいったりした時、その店にいる人たち皆に、愛と祝福を送るというようなことをやったりして、行く先々で、そんなことを実行している。

自分が行かされている間、行動して、世に中のためになるようなことをする。そんな自分でありたいと、つくづく思う。命に感謝。今、自分がこの地球上に存在して、人生経験をしていることに感謝。